くろの雑記帳3 | 2016年08月

傍観者のメモ

1945年8月9日

長崎に原子爆弾を落とされた日 落とした日




父が兵隊で浜松にいた頃

広島の時はなんか新型爆弾が落ちたらしい・・・
長崎の時は「原子爆弾」が落とされたらしい・・・

大隊本部の暗号班のところで知ったとのこと

「原子爆弾」という名で聞いた

日本も原子爆弾の研究を行っていたから わかったのだろうとのこと

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戦前の長崎オランダ坂



父が学生時代に暮らした美しい街 それが一瞬にしてなくなった

父はあぁ長崎に落とされたか・・・・ただそれだけ
惨状がわからないから 当時はそれだけの感想のようだった



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先日 NHKの原子爆弾の番組を見た

軍は最も効果的にこの爆弾が発揮できる場所として京都を落とすことに執着
その他の場所もいくつか・・・

ルーズベルトが急死した後を引き継いだトルーマンはこの場所には賛成しなかった
京都を訪れたこともあるトルーマンは一般庶民の姿を思い出したのか・・・

軍事施設の場所に・・・がトルーマンの考え
一般庶民のいるところでは無差別爆撃の国際避難も気にしてた

また軍は2発だけではなく数発を落とすつもりだったらしい
まるで実験効果を確かめるかのように・・・

トルーマンは長崎は止めるつもりだったが 間に合わず・・・

一般市民を狙うような考えはトルーマンにはなかった 後悔しているとのこと

戦後71年経って見つけたトルーマンの日記にはそう記してあった

広島の被爆者はえっ? 71年後にその事実を知って愕然とした様子

すべては軍の考え・・・か

原子爆弾の研究はアメリカだけでなく 旧ソ連 ドイツ? 日本も行っていた

一番 早く開発し完成させたところが使っただろうな
それがアメリカだった

そしてあの大義名分が今も多数占める






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