くろの雑記帳3 | 2014年09月

傍観者のメモ

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日の入りが早い
ここ数日 仕事 18時頃終えるのだが 外に出ればもう暗い・・・

上期も もう残りわずか
本年度の達成すべく売上 私のチームは売上ゼロ・・・ハハハどうする

月日の流れるのが早いこと



・・・



69年 まもなく70年の節目を迎える戦後
月日は流れる・・・けれどまだ戦後は終わっていないなって思うこの頃


以下は転載

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厚労省の集計では5月末現在、海外戦没者約240万人のうち127万1000柱を収集した。
ただ、フィリピンやインドネシアなどの南方地域では収集が進んでおらず、ガ島では
日本青年遺骨収集団などの民間協力を受けて収集している。
食料や弾薬などの補給がないままに密林を切り開きながら転戦し、死傷者や餓死者が続出した。




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室蘭では44~45年、1852人の中国人が強制連行され、石炭運搬や港湾荷役などを強いられた。
栄養失調などで564人が死亡、一部の遺体は火葬されずにイタンキ浜に埋められた。
関係者らの証言を基に、54年10月から遺骨10+ 件の発掘が行われ125体が見つかった。
74年に市民の募金などで慰霊碑が建った。





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シベリア抑留 日本の敗戦後、旧ソ連は旧満州に展開していた関東軍将兵らを
シベリアなどの収容所に移送、強制労働に動員した。厚生労働省によると被抑留者は
約57万5千人(それ以上とする説もある)。軍属、従軍看護婦も含まれていた。
極寒、重労働、飢餓で約5万5千人が死亡。
1991年のゴルバチョフ大統領(当時)の来日を機に遺骨収集が始まり、
昨年度末までに1万9302柱が収容された。
93年に来日したエリツィン大統領(当時)は「謝罪の意」を表明した。




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仕事帰りに寄る店で読んでる本
「日本は戦争をするのか」を読んでる
半読にならないように最後まで読むか・・・

今の若い人たちが太平洋戦争の激戦地だったところへ行き
ボランティアで遺骨収集をしている姿の写真を見た

どんな思いで収集してるのだろう










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