くろの雑記帳3

2022 / 08
07≪ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 ≫09

この店でときどきかかってた Donna, Donna

2022/08/16(Tue) 21:43





















スポンサーサイト



未分類 コメント:0 トラックバック:0

傍観者のメモ 玉音放送 2012~2015年から抜粋

2022/08/16(Tue) 00:43


父は兵隊 浜松で炎天下 直立して玉音放送を聴いた

けれどラジオは雑音が多くて何を言っているのか わからなかった
たぶん戦争はまだ続く・・・と言ってたのでは?・・・と周りの人と話してた
たぶん頑張るようにと言ってるんだろうな・・・

上の人もわからない
・・・でその人は「これからも頑張るように」と皆の前で話した

しばらくして新聞の号外が配られて初めて戦争が終わったことを知った

その時の父の気持ちは勝った負けたとかではなく
「やれやれ・・・」 とのこと

ニュースでこの玉音放送のこと セブンイレブンの会長が話してた
ザーザーと音がして聴きとれず 想像して たぶん「頑張ろう」って言ってるんだと・・・

母は実家で聴いた よく聞き取れなかったけれど
「負けたんだ」っていうことはわかったとのこと



abDSC05000.jpg



1945年8月15日

玉音放送の後に出た号外

「 大日本帝国の鉾を棄てるのを見よ 」

新聞の号外の見出しはこうだったと父は言う

場所は浜松

父は「なんだか威張ってるようだな」と思ったそうで


私はよく覚えているなと思った

この見出しネットで検索してみたがヒットなし


「 大日本帝国の鉾を棄てるのを見よ 」

この見出し 数年前 仕事で中日新聞に寄った時 見つけた

大見出しではなかったけど載っていた

見学コース通路の壁にこの記事が載った新聞が貼られていた


・・・・・・


「 終戦 」・・・ 「敗戦」でもなく「降伏」でもなく「終戦」としたのは

あれだけ 政府があおっておきながら負けた 当時の日本国民の心情を反映してとのこと

「終戦」「敗戦」「降伏」それぞれニュアンスがずいぶん違う








未分類 コメント:0 トラックバック:0

2022/08/13(Sat) 18:42







変幻自在だな



風が入った言葉で好きなのは


「 吹けよ あれよ 風よ あらしよ 」



伊藤野枝


彼女のことはよく知らないが この言葉で伝わっているような気もする






未分類 コメント:0 トラックバック:0

ポッカリ月が出ましたら  2010/04/30 再掲

2022/08/13(Sat) 00:06


夜空を見上げれば満月 流されゆく雲を彩ってゆく



以下 2010/04/30 再掲


月の光をひとり静かに受けとめる豊かな時間を持っていますか?



abDSC09104.jpg






今宵、満月。

今、私が思い浮かべるのは中原中也の「湖上」の情景。




        湖 上


     ポッカリ月が出ましたら、
     舟を浮べて出掛けませう。
     波はヒタヒタ打つでせう、
     風も少しはあるでせう。


     沖に出たらば暗いでせう、
     櫂(かい)から滴垂(したた)る水の音は
     昵懇(ちか)しいものに聞こえませう、
     ――あなたの言葉の杜切(とぎ)れ間を。


     月は聴き耳立てるでせう、
     すこしは降りても来るでせう、
     われら接唇(くちづけ)する時に
     月は頭上にあるでせう。


     あなたはなほも、語るでせう、
     よしないことや拗言(すねごと)や、
     洩らさず私は聴くでせう、
     ――けれど漕ぐ手はやめないで。


     ポッカリ月が出ましたら、
     舟を浮べて出掛けませう、
     波はヒタヒタ打つでせう、
     風も少しはあるでせう。









        
未分類 コメント:0 トラックバック:0

傍観者のメモ 2013/03/20(Wed) 23:47  再掲

2022/08/12(Fri) 02:01


TVの画面にはお盆帰省の映像が映し出される

行動規制のないお盆

それでもマスク着用 会話時の注意 検査などの注意を呼び掛けている



ab2012.jpg


以下は戦前 父の帰省の話


・・・・・・


傍観者のメモ 2013/03/20(Wed) 23:47

父の話

まだ官立高商学生の頃の話 兵隊になる前

船で故郷の中国 青島(チンタオ)に帰郷するには船を利用
7千トンぐらいの船で博多や長崎から青島まで帰っていたが
大東亜戦争が始まってからは なかなか青島には帰ることができなかったとのこと

大きな船は兵隊輸送用に使われてしまったから

戦争が始まってからは 韓国までのいく船にのり韓国から青島まで汽車で3~4日かけての帰郷
船の切符は頼んでもなかなか入らない また船がいつ出発するのかもわからない状況
時には神戸から出航することも

また商売で朝鮮・中国と日本を往復してる人に頼んだりした さらにその方の上海の家に
翌日の汽車発車までお世話になったりしたとのこと 父はまだ18才だったか


韓国まで小さな船で行くことは当時とても危険が伴う
乗客には救命具をつけさせられたとのこと
海面下にはアメリカの潜水艦が通るかもしれないから・・・
乗客はみんな船のデッキにいた 船室にいると魚雷が当たれば脱出できないから
いつでも海に飛び込めるようにとデッキにいる

尖閣やら竹島でも ひとたび紛争が起これば そのようになるのだろうね
北方領土も・・・




追記 2022.8.12

今はウクライナ 台湾有事か








未分類 コメント:0 トラックバック:0

傍観者のメモ スパイ  編・再掲

2022/08/11(Thu) 00:05

世界の状況が不安定で危機や危険をはらんでいると感じる

また何か大きな出来事が起きるのか?



abDSC04529.jpg


不穏な空気が漂うこの頃



以下 傍観者のメモ スパイ  2012/09/18(Tue) 02:43 編・再掲

戦時中のこと

父はスパイではないかと取り調べを受けたことがあると・・・

学生時代 夏休み 青島に帰る途中
日本から朝鮮まで船で そこから青島まで4日?かかる列車の中でのこと

憲兵が父のところへやってきて持っている荷物はすべて調べられた
その荷物のひとつ 本を取り上げ この本の内容について問われた
父は「この本は○○政治について悪口を書いた本です」と返答したとのこと
学校の図書館で借りた本だったか?

取り調べは30分も続いたと言ってた

長い長い30分だっただろう

父はヘッセのように鼻が高くちょっとタレ目 そんな容姿から疑われたか?
たぶん思想取り締まりだろう

青島へ(国外へ)帰る為の許可をもらおうとすると 父の周辺を調べられる身辺調査もあった
父だけではなく 国外へ行く場合は 皆 そのようにされたのだろうとのこと
また当時は特に学生には厳しかったからかもしれないとのこと

・・・・・・

2022.8.10 追記

スパイでもないのにそのままスパイと断定されたら どうなっていただろうか・・・

あの時代のことだ







未分類 コメント:0 トラックバック:0

Song of the Birds

2022/08/09(Tue) 22:30


bbbDSC02685.jpg



混迷する世界

どこまで行くのだろう
















未分類 コメント:0 トラックバック:0

旅 愁

2022/08/07(Sun) 23:02





次男と二人でお寺の本堂で父の一周忌法要

帰りにお墓に寄り花を供えた

蒸し暑い1日だった


あとは散骨 伊勢志摩とチンタオ

戦後 伊勢志摩で真珠養殖の事業もしていたから 落ち着いたら観光兼ねて行こうかと思っている

今日は立秋か・・・

昨日は秋のような雲が広がっていた
















未分類 コメント:0 トラックバック:0

浦上天主堂 (傍観者のメモ)2021/10/05(Tue) 20:37 再掲

2022/08/06(Sat) 21:44


戦後77年か

あの大戦を生き抜いた兵隊さんは今どのくらい生き残っているのだろう

大正時代に生まれた人は皆 若い頃は戦争しかなかった時代

世界でも同じだろう


ジャーナリストの立花氏が言ってたことを思い出す

「 第二次世界大戦を生き残った兵隊の最後の人が亡くなったら21世紀の最大のニュースになるだろう 」



abDSC.jpg



以下 浦上天主堂 (傍観者のメモ)2021/10/05(Tue) 20:37 再掲



父が撮影した写真を整理してた時に出てきた写真

その中でくぎ付けになった1枚

長崎 戦前の浦上天主堂

父の写真はカメラで撮り フィルム現像から光あて 定着液 印画紙焼き付けまで

一連の作業を一人で押入れの暗室で行っていた




aDSC04997.jpg
長崎 戦前の浦上天主堂  父が戦前の長崎の旧高商に在学中の時に撮影


再び僕が見たのは数十年ぶりか

この写真を見てた時 亡父がここに原爆が落ちたんだと話してたのを覚えている

(調べたら原爆投下位置は実際ちょっと離れているらしい)

浦上天主堂

相当 大きな建物だったんだろう

レンズには部分的にしか入りきらないほどだったんだろう



旧高商は戦争で繰り上げ卒業 そして兵隊に・・・長崎を離れる

離れた後 最後の兵隊任務地 浜松で爆撃 焼夷弾 機銃掃射 艦砲射撃などで

さんざんな目にあった後に 広島でなんか今までと違う爆弾が落とされたと聞いたと言ってた

それは「 新型爆弾 」と当時は言ってたと・・・


そして長崎も

繰り上げ卒業していなかったら原爆にあったかもしれない

僕も生まれていない

旧高商の学び舎は大きな被害はなかったらしい

でも原爆にあい亡くなった人もいるらしい


aDSC04343.jpg


偶然か今の新総理 岸田氏の広島出身の祖父も父と同じ旧長崎高商出身

また新総理 岸田氏も広島出身

原爆との関りが深い人達だ

旧長崎高商は三井物産社長 日興証券 日立造船などの社長等を輩出する

彼等も眺めたであろう 浦上天主堂

日本の経済をけん引した人達

彼等も犠牲になったかもしれない

どこでどう変わるのか 運がよかったでは済まない話だ




浦上天主堂

長い長い年月をかけて建てられたとのこと

また戦前から明治 江戸まで遡ればなんと悲劇の多い宗教なんだろう

数々の難儀を乗り越えてようやくたどり着いた矢先は

原爆だったなんて・・・

積み重ねてきた祈りを 一瞬で吹っ飛ばしてしまった

いったいどういう裁きなんだって・・・


信者でなくても そう思う

















未分類 コメント:0 トラックバック:0

傍観者のメモ 2016/08/11(Thu) 01:29 再掲 

2022/08/06(Sat) 21:18
明日は父の1周忌

原爆と原爆の間に命日

この時期はあの第二次世界大戦のことに関する記事が増える

・・・同時に今まで父が語ってきたことを思い出す




以下再掲

傍観者のメモ 2016/08/11(Thu) 01:29


1945年8月9日

長崎に原子爆弾を落とされた日 落とした日




父が兵隊で浜松にいた頃

広島の時はなんか新型爆弾が落ちたらしい・・・
長崎の時は「原子爆弾」が落とされたらしい・・・

大隊本部の暗号班のところで知ったとのこと

「原子爆弾」という名で聞いた

日本も原子爆弾の研究を行っていたから わかったのだろうとのこと

348_20160811004232075.jpg
戦前の長崎オランダ坂



父が学生時代に暮らした美しい街 それが一瞬にしてなくなった

父はあぁ長崎に落とされたか・・・・ただそれだけ
惨状がわからないから 当時はそれだけの感想のようだった



109_20160811004230c5d.jpg


先日 NHKの原子爆弾の番組を見た

軍は最も効果的にこの爆弾が発揮できる場所として京都を落とすことに執着
その他の場所もいくつか・・・

ルーズベルトが急死した後を引き継いだトルーマンはこの場所には賛成しなかった
京都を訪れたこともあるトルーマンは一般庶民の姿を思い出したのか・・・

軍事施設の場所に・・・がトルーマンの考え
一般庶民のいるところでは無差別爆撃の国際避難も気にしてた

また軍は2発だけではなく数発を落とすつもりだったらしい
まるで実験効果を確かめるかのように・・・

トルーマンは長崎は止めるつもりだったが 間に合わず・・・

一般市民を狙うような考えはトルーマンにはなかった 後悔しているとのこと

戦後71年経って見つけたトルーマンの日記にはそう記してあった

広島の被爆者はえっ? 71年後にその事実を知って愕然とした様子

すべては軍の考え・・・か

原子爆弾の研究はアメリカだけでなく 旧ソ連 ドイツ? 日本も行っていた

一番 早く開発し完成させたところが使っただろうな
それがアメリカだった

そしてあの大義名分が今も多数占める








未分類 コメント:0 トラックバック:0

コミュケーション

2022/08/05(Fri) 23:43






メッセージを伝えるのはミサイルかよ

ショーヘイ オオタニのホームランボールで返事をしておくれ





a160.jpg
























未分類 コメント:0 トラックバック:0

振り返る歳かよ

2022/08/04(Thu) 23:00






ライブハウスにもよく通ったけ

思いだすのはジャズバーでリクエストした曲

「 サントワマミー 」 シャンソンの曲 でも女性は笑ってリクエストに答えてくれた

ジャズアレンジにして 良かったな


ジャズ喫茶ではキースジャレットの「ケルンコンサート」のレコードをかけてもらったっけ
















未分類 コメント:0 トラックバック:0

前例がないって?

2022/08/04(Thu) 22:48





「 前例がない 」

ときどき聞く 見る

どういう意味なんだろう

言訳か・・・

僕にはよくわからないこと

アイディンティーを「 難聴者 」の自分にすれば

僕にとっては周りの人の目ははじめて難聴者に会ったという世界にいる

僕の行動パターンは前例のないことばかり 時代が変わっても同じだろう

アイディンティー「 難聴者 」としての自分にすれば絶えずどうしたら健常者の中でやっていくか

前例のないことだらけだ


「 前例がない 」 どうしたら良い?ってか

僕の一番嫌いな言葉だな








未分類 コメント:0 トラックバック:0

今年 まだ見ていない蝶

2022/08/04(Thu) 19:13


今年はまだ一回も見ていない蝶

ミヤマカラスアゲハ





子供の時 初めて観た時 その色にドキドキしたのを覚えている





a201_20220804190252766.jpg


光があたれば青くなり 日陰に入ると緑になる

光のあたりかたで微妙に変化する

輝く色 奇麗だな



aDSC06021.jpg






aDSC06016.jpg






aDSC06247.jpg








未分類 コメント:0 トラックバック:0

「 感情 」 2014/03/13(Thu) 00:59のブログ 再掲

2022/08/03(Wed) 22:13


最近 5~8年前のブログを見るのが多くなった

何を書いてんだろうって あの時どんな気持ちで書いたのだろうって




2014/03/13(Thu) 00:59のブログ 再掲


タイトル 「 感情 」



acc049.jpg

名古屋地方裁判所




あるがままの自分の心の事実を いっさいの評価をはなれ
是非善悪の尺度を捨ててみすえる


感情や気分は自然現象であって
私たちの意のままになるものではない
私たちの責任の及ぶところではない

心の事実を事実として認めたとき 私たちははじめて自分を知る門口に立つ

あるがままの自分を知ると そういう自分をいたわりながら
精いっぱい生かしていこうという勇気がわいてくる

このいたわりの気持ちは かばったり 自己防衛したりする気持ちとは違う
欲望にもだえ 葛藤に苦しみながら生きようとしている「ひとりの人間」に対する
いつくしみといった感情である

自分のなかの「ひとりの人間」に対するいつくしみの感情を覚えるとき
私たちは ほかの人々のなかに 憎んでいる人のなかにすら 自分のなかにあると同様の
「ひとりの人間」を感じとることができる

そこに「ひとりの人間」同士としていたわりあう気持ちが自然に生まれてくる


「森田式精神健康法」から抜粋



22年前に買った本を読み返してみた
いろいろ考えさせられ また応用できるかなと改めて思った



2022.8.3 追記

このブログ書いた日から22年前って僕はまだ20代後半か
なんでこんな本を買ったのだろう







未分類 コメント:0 トラックバック:0

傍観者のメモ 一通の電報  再掲

2022/08/02(Tue) 21:14


舞鶴から1通の電報



以下 再掲


やさしい兄だった
母が結核になったとき一番心配してくれた
そして栄養価の高い食べ物も買ってきてくれた

雪が降り積もれば兄が先頭に立って雪を蹴散らしながら
歩きやすいようにしてくれ学校に通った



cDSC06512.jpg


そんな兄がある日 学徒動員で中国満州へ送られた


母は満州へ送られた兄に何度も手紙を送ったとのこと
けれど返事は来なかったという


そして終戦とともに捕虜になりシベリア抑留


戦争も終わったというのに なかなか帰ってこない・・・死んだのだろうと

半ば母の母が諦めかかってきたとき

電報が舞鶴から届く

無事に日本に帰ってきた 生まれ育った故郷へ帰るとのこと



abc1.jpg



駅まで迎えにいく

兄が汽車から降りてきたときに うれしくてうれしくて

兄ちゃん兄ちゃんといって腕をギュッとかかえた

兄は降りたホームで汽車にぎっしり乗っている他の同じ仲間の兵士に手を挙げ

「 おおーっ頑張れよー頑張れよー 」 と叫んでた

仲間に手を振って別れを告げていた


車両にいる仲間からも「 頑張れ 頑張れ 」と言ってた


それでも母は兄の腕をぎゅ~っと抱えてた

それから兄はしばらく無言状態だったとのこと



bDSC04599.jpg



「 一通の電報 」

母は兄の机の引き出しにそっとしまっておいた


そしてしばらくして兄が結婚した

兄の嫁が家にきたとき

母は兄の机の引き出しから一通の電報をとりだし嫁に渡したとのこと


・・・・・・・・


伯母の遺歌集から


「 兵に征き捕虜とし三年強打あと後遺症かと夫はつぶやく 」





シベリア抑留 日本の敗戦後、旧ソ連は旧満州に展開していた関東軍将兵らを
シベリアなどの収容所に移送、強制労働に動員した。厚生労働省によると被抑留者は
約57万5千人(それ以上とする説もある)。軍属、従軍看護婦も含まれていた。
極寒、重労働、飢餓で約5万5千人が死亡。
1991年のゴルバチョフ大統領(当時)の来日を機に遺骨収集が始まり、
昨年度末までに1万9302柱が収容された。
93年に来日したエリツィン大統領(当時)は「謝罪の意」を表明した。








未分類 コメント:0 トラックバック:0

暑い!!! 冬へ跳べ!!!

2022/08/01(Mon) 19:42




39度前後の暑さ!

夜も30度越え!

雨さえ降らない!




2abDSC02942_20220801190340c21.jpg


「俺は夏が好きだ!!!」  夏を愛する人は心強気人・・・ ほんとけ?

いやもういい 冬が恋しい  冬を愛する人は心広き人・・・ほんとけ?

冬は雪かき やっぱりいややな

・・・で「夏が好きだ!」  

どっちやねん? どっちでもいいや




1aDSC02959_20220801190008cb8.jpg


なんでかしらんけれど この暑さからの逃避先は冬になり 冬は夏になる

春 秋は自分の中から出てこない おかしいね





adcDSC02853.jpg

カメムシ注意報 24都道府県で発令とのこと

農家の被害もでそうだな




aDSC00421_20220801185836128.jpg


蝉 曰く

これからは冬に地中から出るようにしようって

地中から出てきたらビルのジャングルだった とまる先はコクリート 木陰さえないし

夜もヒートアイランドだし・・・


何年かかって進化するのかは知らないけれど・・・


えっ? 冬がなくなりそうだって?










未分類 コメント:0 トラックバック:0

文字の音を聴いた

2022/07/31(Sun) 23:42


先日 畑で草むしり

あらかじめ椅子とか鍬などを準備し終えて ちょっと一服してから作業に入ろうと

椅子に座っていたら 僕の右耳元でジッジッジッとなんかの音がした

蝉の鳴き声か? 補聴器では聞いたことがあるが畑作業ではつけていない

おとすといけないし 汗まみれで劣化するから・・・また高い1つ35万それを両耳だから・・・


ひょっとして僕の肩辺りに止まっているのかもって振り向いてもいない

右耳ばかりで聞こえる なんだろう 右耳元で鳴いているような感じ

ぐるっと振り向けば1mほど先の枝に蝉 よく見るとおなかを盛んに振動させている

「 そうか! この蝉の音か? これが蝉の声か 」と初めて生で音を聴いた 機械の補聴器を通さずに聴いた

生まれて初めてじゃないか? 生で聴くのは 聴こえたのは ちょっと感動したな

聴こえたのは土曜日休でしかも朝7時ごろ まだ人が動かない静かな時間帯だったから聴こえたのか

さらに柿の葉が音を僕の方へ集めたのか 集音効果か

蝉はさかんに飛んではまた目の前に戻ってきては胴を振動させている

そこから確かに聴こえる 生の音が・・・

やっぱり感動したな

季語的な感性を持ち合わせているわけではない

またこの音は蝉ですという認識を得ただけの段階か






僕の聞こえは低音はわりと聴こえて 高い音にいくほど聞き取りが困難になってくる

グラフで視覚化すればフラットではない 急な右肩下がりの聞こえ 両耳とも平均70デシベル

そんな状態の聞こえで皆と同じように聴こえたかどうかはわからない

また距離もある この時は1mほど それ以上離れると聴こえたかどうか




a7641.jpg


60年目にして初めての体験か?

また再び聴くことがあれば 認識して日本的な季語で表現するのか

ただ外国人にとって何の風流なものでもないとなるのか

それはわからない

確かなことは裸耳で聴こえた ただ左耳は聴こえなかった

さらに付け加えるならば 僕の聞こえの状態での蝉の音は皆さんとは違うだろうってこと


蝉の「音」 


鳴き声とまでゆけるかどうか

60歳にして裸耳で聴いたことだ

今まで文字の音しか知らなかったこと 今後は脳内にどんな変化をもたらす?








未分類 コメント:0 トラックバック:0

チョウトンボ

2022/07/29(Fri) 23:50






奇麗だな






未分類 コメント:0 トラックバック:0

雨男が向かう先

2022/07/28(Thu) 23:34





畑からの帰り道

車を走らせていると急に黒い雲が頭上に・・・

僕が来るまで動かず待機していたのか

その雲の下を通り過ぎれば ボッボッボッと大きな雨粒がフロントガラスにあたり

やがてドーっと降り注ぐ 一瞬にして前が見えなくなった

たまらず車を止めた

前の車は通り抜けたあと でもスモールランプが点灯した

そのランプはにじんでた











未分類 コメント:0 トラックバック:0

流れ星

2022/07/28(Thu) 23:21





タバコをぷかりぷかり

夜空を見上げながらポール・サイモンの「 ダンカンの歌 」を聴いてた

そうだった 夜空には星があったんだね

忘れてた

そう思った矢先に流れ星

大きな流れ星だったな

ここ数日で3回も見た

流れ星は吉?














未分類 コメント:0 トラックバック:0

人権って?

2022/07/28(Thu) 21:06





人権 人権 人権と何かあるたびに使われる

僕にはよくわからないことを言っている

人権って何?


この国で使うシーンはどこ?

どういう時に使うの?


僕には到底理解できない言葉


ただ直感で・・・この国に人権ってあるのかい?って

僕の身近なところでは本能さえ取り去ってしまうことがあったことは知っている

その行為は誰もが当然だと思うものらしい


でもそれは僕の心にも奥のどこかにあるものだろう

立場が違えばどうなるのだろう









未分類 コメント:0 トラックバック:0

「 普通 」とは・・・

2022/07/26(Tue) 22:28


a_20220726222713528.jpg



「 普通 」とは多数のこと つまり安全安心

単純でわかりやすいな


単細胞の僕はそう思う・・・思うではないか 感じたこと 肌で感じたこと

単細胞の僕が感じたこと








未分類 コメント:0 トラックバック:0

夢 郷

2022/07/26(Tue) 20:19


1112DSC04260.jpg






















未分類 コメント:0 トラックバック:0

空はもう秋?

2022/07/24(Sun) 21:19


今日 昨日と秋のような澄んだ青に覆われた

ほとんど雲がなかった 雲は周囲の山々にのっかているだけだった

頭上の空は雲さえ吸い込んでいったような青さだった

気温33度前後 ただ風がからりとして気持ちがよかった

汗もそんなに出ない







午後には飛行機が通り始め 飛行機雲が西へ向かって伸びてゆく

それが時間が経つと風に流され 秋の空を演出しているかのよう

写真を眺めていると広々とした大空でサーフィンができるのでは?と思った


季節は立秋過ぎたのではと思えるほどだ

僕の住む町は猛暑はなく 穏やかな夏に感じる


ただ違うのは地上ではコロナ感染者が爆発的に増えていること

従兄も身近に感じたとメールで伝えてきた

職場の人が自宅療養している間に家族にも感染させてしまったと書いてあった

次男は来月上旬に友人の結婚披露宴があったが昨日 延期したと連絡あったとのこと


危機感は身近で起きてから感じるものなのかもしれない











未分類 コメント:0 トラックバック:0
 Home  Prev

プロフィール

くろ

Author:くろ

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

QRコード

QR